簒の字の話で盛り上がったので
弘道軒清朝はどうかなと探してみたが、四号にはどちらもなかった。
代わりに正楷書の18ポイント。
湯島天神で甲骨・金文と簡体字のことなどを思い巡らす
先週、湯島天神へ梅を見に出かけた。
大鳥居の額を見ると、楽しい字なので撮影した。もちろん「天満宮」と書いてあるわけなのだが、字体に拘ってみると「天𫉗宫」となる。
「𫉗」(U+2B257)なんて字は見たこともない。Unicodeの拡張Cに入っているが、典拠がなんなのか分からない。「満」の異体字なのかどうか。
「宫」(U+5BAB)は「宮」の簡体字なのだが、説文解字や康熙字典がなければ、今の我々もこの字を書いているはず。
「宮」をHNGで検索すると、
http://www.joao-roiz.jp/HNG/search/word=%25E5%25AE%25AE&ratio=0.020
どう見たってつながっていない口ふたつが当たり前なのだ。
甲骨文字を見ても口二つなのだし、金文でも同じ。説文解字の「背骨」という解釈には無理があるし、そのために字形を改竄したんではないかと勘繰りたくもなる。
弘道軒清朝の四号は、
なのだが、『小説神髄』を見ると、
実は明治二十年当時は口二つだったことがわかる。
ついでに「呂」の字も。
「呂」をHNGで検索すると、
http://www.joao-roiz.jp/HNG/search/word=%25E5%2591%2582&ratio=0.020
簡体字の「吕」のほうが伝統的ということになるが、
清朝活字では昔も今もつながっている。
夏目漱石はどう書いていたのかな、と『直筆で読む「坊っちゃん」』をめくってみたが、これもつなげて書いている。
【追記】台湾教育部異体字字典を調べて『玉篇』に典拠を。
「姫」の旧字はやっぱりJISにも入れたいという話
「姫」の旧字体は「姬」(U+59EC)。
当用漢字表ではその字体だったが、当用漢字字体表で変更された。また、常用漢字表では康熙字典体と大きな差がないとして括弧をつけて示すこともしなかった(理由は画数が同じだから。どうやったらこの二つを同じ画数で書けるのか、数えながら書いてみてほしい)。
そのためJISでもこの字体を分離して符号化していない。しかし、Unicodeにはあるわけで、漢典の「姬」を見るとこの字は日本にだけないということになっている。
「姫」のほうは「慎」の異体字で「シン」と読む。まるで別の字。甲骨文字もある。ただ、人名専用の文字らしく『説文解字』には載っていない。
常用漢字では別の字を略字として正式に使うことにした字は多く、例えば芸(藝)、台(臺)、弁(辯・辨・瓣)、予(豫)、余(餘)、糸(絲)などがあるので、そのこと自体は特別ではない。年齢の「歳」を「才」と書くのを許容しても「歳月」を「才月」とは書かないように、このへんの遣い分けは厄介といえば厄介だが致し方ない。ただこうした場合、元の字を使えないわけではない。「姬」は使えないのが困るのだ。
AdobeJapan1-4に入っているので、DTPでは字体を切り換えれば使えるわけだが、やはりJISに入っている方がいいように思う。
近代デジタルライブラリーで「姫路」を検索すると220件、「姬路」だと6件。しかも重複するものとしないものがあるようだ。青空文庫の富田倫生さんが「説」の字について書いておられたが、Unicodeで分離、JISで包摂という漢字はデータ処理上で結構厄介な問題を起こす。
ところでどうして日本でだけ「姬」が「姫」なのか。
正岡子規が「姬(ひめ)の字のつくりは臣に非ず」(『墨汁一滴』三月五日)と書いているくらいだから、明治の三十年代には多くの人が「姫」と書いていたのは分かる。
もう少し前ならどうかと、明治二十年頃の出版物から「八犬伝」の「伏姫」の表記を探してみた(近代デジタルライブラリーより)。10例中、8例が「姫」だった。
『宋元以来俗字譜』を見ると、みな真ん中に縦棒が通っているから、「姫」ではない。中国語の場合、音が違うものを略字として使うことはしないだろうから、筋が通っている。
ともかく日本には「姬」はない。「女東宮」もない。
ちなみにフィギュアスケートの安藤美姫選手は、中国語のサイトでは「安藤美姬」となっていた。「ミシン」でなくてよかった。